グリモワール

魔術を記した本

魔術と言ってもその全ての心理を理解しているということではありません、誰かしろ魔術を行なう場合においては必ず教えを請うてから実行に移ります。始めから自分で全く異なる系統の魔術を行使するというのは、魔術の真理からいってほとんど不可能なものだと考えて良いでしょう。魔術というものを全く異なる系統から作るということになると、現存している神秘には当てはまらないということ、それはつまり魔術の域ではなく、魔法の域に達する偉業であるために人間の中でも根源にたどり着いたものでなければ不可能となっています。そしてそういった魔術の体系を記した指南書、または手引書といった、魔術を行使するうえで必要となってくるものを記した魔術本のことを『グリモワール』と読んでいます。

このグリモワールというのは中世後期のヨーロッパから普及し始めたものとなっており、霊的存在の力を利用する神霊魔術や降霊魔術に関する記述が多く記されており、儀式や呪文、護符や呪具の作成方法まで、儀式魔術に関連するものが多く内容として記述されています。

グリモワールといっても天使や悪魔の召喚の仕方について書かれているものを指しており、それ以外の魔術書に関してはグリモワールとして該当しないと考えられています。明確な規準こそ存在していませんが、ヘルメス主義やネオプラトニズムに基づいた哲学的な魔術論や、錬金術や占星術、博物学的な自然魔術の知識の記述を主眼においている書物については分類されないと考えられています。

そもそも『グリモワール』という言葉に関してはフランス語にておい文法を意味している『grammaire』から派生しているとの説が最も有力であると考えられています。この言葉は元々ラテン語で書かれた書物について指しており、中世ヨーロッパにおいて文法とはラテン語の文法や教養を意味していましたが、一般に人々にとってラテン語は聖職者の限られた人だけが読める『わけの分からない書物』という、一般の人々から見ればそういう認識でいたということになります。丁度この頃になると魔法書の写本が流布していたということもあって、こうしたラテン語で記されたものが沢山市場に出回っていたことも相まって、グリモワールという言葉が広がるようになったとも考えられています。

パワーストーンのひみつ

歴史の推移

ラテン語で翻訳された魔法書が流通を始めたのは、キリスト教徒とイスラム教徒とユダヤ教徒の文化が共存していた12世紀から13世紀までのイベリア半島やシチリアでは大いに盛んに行なわれていました。中には中世アラビアのヘレニズム的魔術を集成した『ガーヤト・アル=ハキーム』や、自然魔術的な内容を含む偽アリストテレスの『秘中の秘』などが誕生し、さらに『天使ラジエルの書』もこの時期にラテン語翻訳されたことから、まさにグリモワールの全盛期と考えて良いでしょう。こうした動きから占星術や魔術の知識がヨーロッパのキリスト教徒に刺激をもたらすことになって、キリスト教的要素を持っている新しい魔術書がヨーロッパで生み出されることになったのです。

中世においてはこうしたラテン語を読むことの出来るのは聖職者を始めとした学問に通じることの出来る教養を持つ人間にしか読まれないこともあって、一般人からすれば魔術という存在を認識することも中々なかった。そのため魔術というものを行使することが出来ないくせに、知識を持たない人々を騙してイカサマを働くようなものも実際には存在していたといわれています。

ところが、グリモワールも魔女狩りという大きな時代の節目に差し掛かってしまうと異端な存在であるとして、公に所持することも出来なくなってしまう。それでも魔術というものを行なう人々が絶えることなく、教会の目をかいくぐっては魔術を利用していた。そのためグリモワールも一般に見る事はなくなっても。その筋の人間からすれば見かけることもあったが、現存するものがほとんどなくなってしまうと高値で取引されている魔術書が出回ることもあった。

魔術を使ってみたい件

最後に

パワーストーンの話からここまでオカルトの話を続けてきましたが、いかがだったでしょうか? ここで話したことはこちらを書いた私個人の解釈も混ざっていますので、正しいということではないことを初めて書いておきます。そもそもパワーストーンのようなものにはこうした魔術で用いられる力を流動体にして石に流し込んでいる、もしくは元から石の中にそういった自然的なエネルギーがこめられているというものを加工することで、直接加護をもらうということではありますがそもそもパワーストーンに込められている力をどのように利用することで効果が得られるというのでしょうか? 身につけるだけでパワーが得られるというのはお手頃のように聞こえますが、得た力をどういった作用で働かせるかで自分に幸運というおまじないを掛けるんでしょうか? そもそもそういった力というものは何かしらの手段というものを用いないと利用できないと思うんですけどね。

オカルトというものに対して同考えているかはその人個人の考え方にもよりますが、大部分ではほとんどありえないことだと認識している人が圧倒的に多いでしょう。現実にそんな非科学的なものがあると証明されているなら、天使や悪魔といった自然界のトップとなる存在も実在しているということになります。では実際に見たことある人はいるのか、そうなります。断言できる人は根拠などを持っていることに違いないでしょうが、それはあくまでその人個人の考え方による尺度で決まっているものです。必ずしもそういった理論を述べられても私たちがその原理を理解するということには繋がらないのです。パワーストーンの話でもそうです、力というものが実際に存在しているとはっきり言われても具体的にどのような効果が得られるというのか、ということになります。またそういった力を行使すると、それ相応の代価を支払わなくてはならないものです。何事にも引き換えにしなくてはいけないものが存在します。人間の起こせる奇跡というのはせいぜい決まっています、それを超える神秘を手にするということは、それに見合った代償を支払うことで叶えられるものです。パワーストーンの力を信じてみるのも構いませんが、こういった魔術というものを学問として勉強してみると無償で何事も全て叶うわけではないということが理解できると思います。オカルトで解決できないこともあります、否定や断言は出来ませんが時には現実をしっかり見て動くということをしなくてはならないときがある、当然の摂理ということです。

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