召喚術

オーソドックスな魔術

魔術の中で最も利用されているといったもので一番有名なのは『召喚術』ではないでしょうか。言葉としての意味からも理解できるように、召喚とは元々そこにはない何かを呼び出すということで、私達の生活においてもそういった召喚という言葉を活用する場面があったりします。頻繁に利用するかと言われたらそこまででもないですが、裁判所が特定の人物を呼び出す際に使う言葉として、メディアなどで聞いたことの人もいるでしょう。魔術の世界で召喚とは、人間ではない精霊や悪魔といったものを呼び出すための儀式のことを指しています。ゲームなどをしたことのある人は聞いたことのある言葉でしょうからなじみもあるかと思いますが、現実にこうしたことを行うのは魔術の世界では最も一般的な術といって良いでしょう。

行使する理由としてあげられるのは、悪魔などの力を借りることで自分達の力では為しえる事の出来ない事象を叶えるという意味合いで利用するといえば想像もつくかと思います。人間に出来る魔力としての行使は、人間が出来る範囲までしか叶えることは出来ないので、自分たちが叶えられない願いになるものは叶えてもらうために呼び出す、といったところでしょうか。純粋にその呼び出す悪魔や精霊たちと交信したくて、という動機を持って行なう人もいるでしょうがそれでは呼び出した後の代償が成立しないということで呼び出せない場合もあります。召喚魔術といっても、必ず手順を踏めばきちんとその儀式に応じて召喚されるということではなく、きちんとした供物となるものを差し出すことでそれに値するだけの願いを成就させてくれるのです。何事も無償で願いを叶えてくれるということではなく、最悪命と引き換えにするということもあります。危険なことには変わりはないんですけどね、さてこの召喚術ですが歴史の中で詳しく説明してくとすると、時代の系統において意味が異なる場合があります。そこのところを少し見ていくことにしましょう。

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召喚と喚起

召喚魔術といっても必ず一つの括りでまとめられるというものではなく、その工程となる魔術的な作業で二つのタイプに分類することが出来るのです。それが『召喚』と『喚起』です、この二つは黄金の夜明け団の魔術体系から派生した分類となっていると考えられています。日本ではこの体系とさらに、アレイスター系列の魔術に通じているところがありますが、どちらの系統がより日本のものと精通しているのかということを分類するのであれば、黄金の夜明け団系列のほうだといえます。

この召喚と喚起の具体的な違いとしては、召喚する対象が異なっているというところでしょう。召喚とは神や天使といった上位の超越的存在を現世に呼び出すことを意味しており、それらより比較的に下位となる精霊や悪魔を呼び出す際に用いられる作業のことを喚起と、分けられると考えられています。これはあくまで人間的な尺度で測る問題ですから、必ずしも全てに該当するということではないのです。元々神と悪魔、どちらにしても人間からしてみれば超越的な存在となっていることに違いはないので呼び出す作業としては綿密な準備が必要となります。

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近代魔術の中での召喚と喚起

近代魔術の中で考えられている召喚と喚起の違いとしては、呼び出した存在に対して事象をどのようにしてかなえてもらうかという点でも違っているといわれています。どのように違っているのかということですが、こちらから呼びかけるか命令するかの違いとなっています。召喚、つまり神や天使といった上位存在に対してはこちらが呼びかけて、私達の前に来臨するように請います。しかし精霊や悪魔といった天使と悪魔の階級で下位の存在に位置している存在に対しては喚起、ここで言うと霊的存在に対して命令して呼びつけるということの違いということになります。これらの違いに対して、アレイスターは次のように定義して、二つの違いを説明しています。

『喚起』が前方または外へ『呼び出す』ことを意味しているのに対して、『召喚』とは『呼び入れる』ということを意味している。これが魔術の二つの部門の本質的な差となっている。召喚においては大宇宙が意識に満ち溢れており、喚起においては大宇宙となった魔術師が小宇宙を想像することでそこに呼び出すことで儀式が完成する。術者は神と呼ばれる存在を円環の中へ召喚して、霊を三角形の中へ喚起することで呼び出すということになるのです。

ここで言うところの大宇宙というのは『召喚対象の神』のことを、小宇宙というのは『喚起対象の霊』のことを指しています。アレイスター曰く、召喚で呼び出す存在については術者の肉体を媒体にして呼び出すことで降臨させるのに対して、術者が上位の存在として定義することで予め儀式の中で用意していた魔方陣の中に精霊や悪魔を呼び出すと定義しています。体もなく、また自分たちよりも上位の存在となっている存在に対して、術者が上位の存在となって呼び出す喚起というのは、中々に斬新な発想ではないだろうか。元々自分たちよりも神秘という存在に染まった存在を下位な存在であると定義しているのだから、アレイスターがそれだけ魔術師として優れていたからこそ成し得たのではないだろうか。普通の一般的な魔術師ではどちらを行なう場合でも召喚となり、『喚起』すると言うのは不可能のはずだ。誰もが出来るわけではない、召喚術というだけでも意味と使い方、そして呼び出す対象の違いということをあげるのであればこういった違いが出てくるのです。魔術の世界でもこうした意味や使い方によって違いが生じてくるので、面白いといえばそうなるかもしれないですね。

降霊術

召喚術とは類似しているが異なるとして考えられているものとして『降霊術』というものがある。日本的なもので言えば『イタコ』という、シャーマン的なも存在だと考えてくだされば良いでしょう。日本のイタコというものは呼び出した霊を自分の体に乗り移らせることで、霊の存在では届かない言葉を、乗り移ったイタコの体を借りることで話せるようになる、ということだ。この降霊術というのは占いで主に用いられている魔術的な儀式となっていると考えられています。

降霊術の歴史を見てもそれは古代から続いており、それは古代のバビロン、エジプト、ギリシアやローマといった国から降霊術は盛んに行なわれており、そこから西洋の古代にまで普及したことで、一般的に使用されていた魔術であることに変わりはない。霊の存在という観点では古代日本でも存在していると考えられていた事は歴史上のうえでも、卑弥呼がシャーマンとして活動していたという史実があるくらいです。真実かどうかという問題はさておき、日本においても霊という存在がもたらすお告げというのは神秘そのものであったことに変わりはないということです。

降霊術について世界的に記されている文学的記述には、ホメーロス『オデュッセオ』の中にある第11歌『冥府行』の中にある魔女キルケーの保護下にあったオデュッセオが冥府へと旅し、そこでキルケーに教わった呪文を使って死者の霊を呼び出そうとしている記述が、最も降霊術に関して述べている世界最古の記述と考えられています。ここでいう降霊術の利用価値としては、死者が持っている知識を分け与えてもらうことで文化の発展などに役立てていくという点にある。そしてそういった知識を利用することで、国は発展して来たと考えられるようになるのです。

中世ごろの降霊術は、アラビアの影響に由来している天文魔術と、キリスト教とユダヤ教の教義に由来している悪魔祓いとを総合したものだと信じられていました。降霊術を行使する人々もキリスト教の聖職者の一員が主に利用していたことも文献で明確に記述されており、中には聖職者ではないものが利用していたこともあ記載されています。

現代において降霊術というものは占いとしての用途として用いられているところがあるが、ほとんどの人がそんなことを出来るはずがないと思っていると考えたほうが良いかもしれない。それもそうだろう、元々霊なる存在が見えているかどうかといわれたら、大抵信じるに値するか否かというレベルではなく、信じることが間違っていると感じても全くおかしくないでしょう。結局のところ、信じるか否かはその人本人によるところが大きいんですけどね。

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